あらすじ

昭和19年7月、サイパン陥落。米軍沖縄上陸必至と判断した日本軍部は、老人・女性・
学童ら非戦闘員10万人の疎開を沖縄県へ要請した。決戦に備えて10万人の兵隊を沖縄
に上陸させたためである。しかし海の危険をそれとなく知っていた県民は疎開に消極
的だった。
本土から沖縄の国民学校に転任してきた訓導(教師)、渡瀬は大河内中尉から「軍艦
による疎開」と知らされ疎開を奨励。
渡瀬の妹であるアキコは海の危険を知りながら引率に志願する。
当初、子供たちの親はわが子を本土に送るのをためらっていた。渡瀬の教え子である
良一と文子の父も同様であった。しかし渡瀬の説得に応じ、航海の安全を信じて、2
人を疎開させることを了承する。
渡瀬が思いを寄せる当真訓導も引率に志願。多くの子供たちもそれに従った。
8月21日炎天下の中、疎開は開始された。だが、沖縄から本土に向かう船は軍艦では
なく「対馬丸」という巨大な輸送船であった。
8月22日の夜。「対馬丸」は米潜水艦の攻撃を受け、1788人の命とともに波間に消え
ていった。
救助された数名の学童とアキコたちには緘口令(かんこうれい)がしかれ対馬丸撃沈
の事実は隠された。
沖縄に残った渡瀬は当真やアキコから何も連絡がないことに苛立つ。そこへ、対馬丸
に乗った良一が帰ってきた。何も言おうとしない良一。しかし彼の持つお守りはすべ
てを物語っていた。そのお守りこそ航海の安全を祈願した渡瀬が当真に手渡したお守
りだったのである。
アキコとともに生き残り、本土へ送られた子供たちの中に、沈没のショックで喋るこ
とができない少女がいた。名前がないと一緒に疎開できないため、子どもたちは少女
に「海」という名前をつけた。
沖縄で対馬丸を想い苦しむ渡瀬や良一に、疎開先で耐え続けるアキコや子供たちに、
戦争は呵責なく押し寄せる。沖縄は戦場のるつぼと化し、疎開先でも空襲が迫る…
「生き残ってからが、本当の戦争だった」







  Last Modified : 2007/5/17
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